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最高裁判所第二小法廷 昭和39年(オ)1158号 判決 1966年4月08日

上告人

破産者野村浴巾商店破産管財人

入谷規一

右訴訟代理人

守田利弘

被上告人

株式会社東海銀行

右訴訟代理人

籏鶴松

外四名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人および同代理人守田利弘の上告理由第一点について。

論旨は、原判決が破産法一〇四条三号本文の趣旨を同条一号に関しても拡張類推して、破産債権者の破産者に対する債務負担が破産宣告前であつても、破産債権者が支払停止または破産申立のあつたことを知つて負担するに至つた場合には、その破産債権をもつて右債務との相殺をすることは許されないとしたことは正しいけれども、同条三号但書の趣旨までも本件の場合に類推適用して破産債権者たる被上告銀行の本件相殺を有効としたことは誤りであるという。

しかし、破産法一〇四条一号は、破産債権者が破産宣告の後破産財団に対して債務を負担した場合の相殺を許さない旨規定しているだけであつて、破産宣告前において破産債権者が支払停止または破産申立のあつたことを知つて破産者に対する債務を負担するに至つた場合の相殺をも許さないとする規定は存しないのであるから、同法九八条の原則に従つて、破産債権は、破産宣告の当時すでに破産者に対して負担する債務と破産債権との相殺を破産手続に依らず行いうるものといわねばならない。

同法一〇四条三号本文が「破産者ノ債務カ支払の停止又ハ破産ノ申立アリタルコトヲ知リテ破産債権ヲ取得シタルトキ」には相殺をすることができない旨規定しているのは、破産宣告前であつても、支払停止または破産申立があつた後のいわゆる危殆時機においては、すでに破産債権の実価は下落するのが通常であるところ、破産者に対する債務を負担している者が右時機において実価下落の破産債権を取得して相殺に供し、もつて、不当に有利にその債務を消滅を計ることを許すのは、破産法が本来考えた相殺許容の趣旨を逸脱するものといわねばならず、しかも、右の場合の破産債権の取得は、破産者の加担なしに行われうるから、否認権をもつてこれに対処することができない点を考慮したことによるものと解せられる。これに対し、破産債権をすでに有する者がそれとの相殺を企図して破産者に対する債務を負担しようとするには、破産者との間に新たに債務負担行為をする場合および債権者たる破産者も加つて債務引受の合意がなされる場合は勿論、債務者と引受人とだけで債務引受の合意がなされる場合にあつても、少くとも債権者たる破産者の承認を要するから、破産者の加担なしにこれに対する債務の負担は考えられないわけであつて、破産債権を有する者が支払停止または破産申立のあつたことを知りながら破産者に対する債務を負担する場合には、右債務を負担するに至つた行為について否認権行使が考えられる。この点の相違を考えて、法は、後者の場合に一〇四条三号のような規定の必要を認めなかつたものと解するのを相当とする。従つて、右後者の場合に対処して同旨の規定が設けられていないことについて、法の不用意をいうのはあたらないし、右一〇四条三号の拡張類推を考えるのは、法の趣旨とするところに合致しないものといわねばならない。

よつて、右一〇四条三号の趣旨を前示後者にも類推できるとした原判決の法律解釈適用は誤つているといわねばならない。しかし、原判決は、本件事実関係が同条同号但書の類推適用を受ける場合に該当するとして、結局被上告銀行の本件相殺を許容し、上告人の本訴請求を棄却しているのであるから、原判決は結論において正当ということができて、前示違法は、判決の結果に影響を及ぼさないことに帰する。

その余の論旨は、本件に同条同号但書の類推適用が可能であることを仮定して、原判決の違法をいうものであるが、右類推適用の考えられないことは前叙のとおりであるから、同論旨は採用するに由ない。

同第二点について。

破産債権者のなした相殺権行使自体は、破産者の行為を含まないから、破産法七二条各号の否認権の対象となりえないと解するのを相当とする(昭和三九年(オ)第一二一六号同四〇年四月二二日第一小法廷判決、最高裁判所裁判集民事七八号七三九頁参照)。従つて、これと異る見解に基づく所論は、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

上告人および同代理人守田利弘の上告理由

第一点原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用を誤つている。

一、本件の事実の概要

原判決の認定した事実は、「株式会社野村浴巾商店(以下破産会社という)は昭和三五年三月一四日支払を停止し、同年六月一四日名古屋地方裁判所において破産宣告を受けたのであるが、被上告人は右破産会社の取引銀行(破産会社と被上告人との間には昭和二八年六月当座取引契約が締結されている)として右支払停止の事実を即日知つた後、破産宣告のなされるまでの間に第三者から破産会社の当座預金口座に振込まれた自己の預金債務と従来あつた破産会社に対する自己の貸付金等の債権とをその対等額において相殺したのであつた。上告人は破産会社の破産管財人として、被上告人のなした右相殺は破産法第一〇四条により無効であり、仮りに相殺が有効であるとしてもこれを否認すると主張して、破産会社の被上告人に対する預金債権の支払を請求するものである」。というにある。

二、原判決の法令の適用

原判決は破産債権者(被上告人)が破産法第一〇四条第三号本文所定の時期、状態で破産者に対する債務を負担するに至つた本件の場合につき同号但書に該当しない限り、その債権債務を以つて相殺できないと解し、本件の場合は被上告人が破産会社の取引先から払込を受け同額の預金債務を破産会社に負うに至つたのは破産会社と被上告人との間に昭和二八年六月成立した当座取引契約上被上告人が負担していた義務履行の結果であり、右破産会社に対する右預金債務の負担は契約上の義務という法定の原因に準ずべき原因に基くともいいうべく、また、支払停止前の昭和二八年六月成立した契約という原因に基いて負担するに至つたものと判断し、その故に本件の場合破産法第一〇四条第三号但書の趣旨に鑑み、右預金債務と破産債権との相殺が有効であると結論したものである。

三、上告人の主張

1 破産法は破産法上の相殺を制限するに当つて、本件の如く「破産債権者が破産者たるべき者の支払停止後に破産債務を得て、この破産債権と破産債務とを対等額において相殺する場合を」直接規定していない。

然し、右の場合においても、破産法が直接相殺を制限している「破産債務者が、破産者たるべき者の支払停止後に破産債務を得てなす相殺」と同様に、破産法の予定している破産債権者間の平等的比例的満足の原則を害するものであることは上告人が原審における昭和三八年一二月二日付準備書面で詳述したとおり云うまでもないことである。この点につき、原判決が上告人の見解を入れて破産法第一〇四条第三号の趣旨を第一号の場合に準用した(第一〇四条各号を綜合的に判断した)ことにはここに敬意を表するところである。

2 然るときは破産法第一〇四条第三号に債務とあるのを債権に、債権とあるのを債務にそれぞれ読み替えて適用すればよいのであつて、原判決のように同号但書の趣旨を拡張して解釈する必要は少こしも存しないのであつて、原判決は明らかに右但書の解釈又は適用を誤つたものであつて原判決の破棄は免れないと信ずる。

(1) 先ず原判決は被上告人の本件預金債務の負担の原因が法定の原因そのものに基くものとは解しないのであるが契約上の義務に基いたのであるから、法定の原因に準ずる原因に基くものと判示している。

然し、法定とは相続、不法行為、不当利得の如きものであつて約定に対立する概念であり、自ら契約上の義務と判断しながら、本件預金債務負担の原因を法定の原因に準ずべき原因に基くというのは矛盾であり理由齟齬たるを免れない。而して本件預金債務の負担が法定の原因に基くならば如何なる法令の定めによるかを明らかにしなければならない。法令の定めに基く根拠の主張立証のない本件については、法定の原因に基くとか、これに準ずる原因に基くものということはできない。

(2) 次に原判決は本件預金債務負担が支払停止前たる昭和二八年六月成立した当座取引契約という原因に基くもの(第三者からの振込の受入れを拒むことは破産会社に対し債務不履行となる)と判示している。然し、乙第二号証の当座取引契約書は単に第三者から振込のあつたときの預金の成立時期を規定しているに過ぎなくその受入れの義務までも規定したものとは到底考えられない。例えば一般的に抽象的な売買取引契約がなされている当事者間においても個別的な売買取引が成立するためには、個個の約定がなければならないし、当座貸越契約又は手形割引契約がなされている場合においても、具体的な貸付が履行されるとは限らないのである本件の場合においても、右当座取引契約において、第三者からの振込を予想した規定が存したとしても、それは被上告人をして義務付ける程の強力な拘束力を持つものではなく、具体的な当座取引(預け入及び小切手振出による預金の引出)の条件を規定したものに外ならないのである。被上告人にとつて第三者からの払込を受け入れる行為は一種の放任行為というべきか。

被上告人が本件預金債務を負担したのは破産会社の取引先よりの振込送金という事実が原因であつて、被上告人に一般的抽象的な当座取引契約が存在したことが原因ではないのである。右当座取引契約は単に本件振込の縁由又は刑法上の因果関係でいう条件原因区別説における条件となつたものに過ぎないのである。そもそも預金契約は消費寄託であり消費貸借の規定が準用され要物契約であるから、預金債務負担は厳密には振込送金がなされるということを原因と解しなければならないのである。

仮に一歩譲つても、破産法第一〇四条第三号但書により保護される相殺は、相殺の担保的機能からも、また、他の一般破産債権者との比例的平等弁済の例外をなすことからも具体的な担保目的として把握されているような原因、本件に即して云えば、預金債権者と預金債務者との間に一定の具体的な金額につき預金すべき契約がなされていることが本但書にいう原因というべきであるにかかわらず、本件にあつては右破産会社と被上告人との間にかかる契約は存しなかつたところである。

第二点(省略)

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